羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹・・・

 羊の数を数えると迷える子羊のことを思い眠れなくなるから羊飼いは寝不足です。 皆さんは羊から何を思い浮かべますか?温かなセーター、柔らかくてジューシーなラム肉、大草原を羊追う遊牧民達……

 羊は8千年前から人間とともに暮らしてきた衣食住をまかなう大切な家畜です。草食動物である羊は人間が食べられない草を肉や毛や乳にかえて我々に提供し、また彼らの糞や死骸は土へと還元され、また草を育てる。そんな土〜草〜羊の連携プレーのおかげで、人間は生かされてきたのです。

私がそんな羊と

 出会ったのは今から28年前、大学の研究室で実験動物として飼育していたコリデールというふわふわの羊毛で包まれたもこもこの羊がビー玉のような目でこちらを見ていました。そして無常にも実験が終了した羊を先生の命ずるままに、と殺して、可哀想……と思ったのは束の間、初めて口にした美味なる羊の丸焼きに感激。人は五感を強烈に刺激されると目覚める生き物のようです。

 以後羊に魅せられて、紆余曲折の末、羊飼いになった者としては、日本ではまだまだ馴染みのない羊の魅力を一人でも多くの方に伝えたいとの思い、そして生きるため(お金を稼ぐため)に大切な命を頂いているわけで、その命を無駄にしないためには、その魅力を理解して楽しんでもらえるようにすることが仕事と感じています。  自分だけでは使いこなせない未熟な羊飼いですが、世の中には羊に対して様々な興味を持ってそれを使いこなしてくれる人達がいます。たとえば茶路の羊肉を利用する料理人には内臓や骨、脳味噌、足に至るまで活用してくれる方々がいて、一人ではすべてを使い切れなくても、それぞれの好みと興味と思い入れで使い分けくれるのです。私に羊料理を教えてくれる先生はそんな料理人たちです。先生は一流で、生徒のできは悪いのですが、その技を家庭で羊料理を楽しむ茶路の羊肉オーナーたちに伝えることで、内臓までの料理に挑戦してもらっています。

羊毛を原毛から

 使いたいというスピナー(糸紡ぎ人)は1頭分の羊毛(フリース)を使い切ります。サフォーク種の羊毛にこだわって羊毛製品の開発に取り組んでいる古くからの羊仲間もいます。羊の堆肥(糞と藁からできる)が最適であるとして菜園や果樹園に使う方もいます。生後まもなく死んだ子羊の毛皮(ムートン)を皮加工に使うクラフターもいます。

 羊の目玉が理科の水晶体の実験の材料になるからと学校の先生にいわれたり、羊腸弦の製作を研究する方もおられます(現在は法律で羊腸は廃棄されるので活用できません)。こうして考えると日本の世の中にも大勢の遊牧民がいるのです。

 私一人では何もできないのですが、私はその元になる羊を飼うことはできます。そして皆さんが使いやすいように素材を揃えることはできます。

 羊の頭を割って脳味噌を取り出すのも、内容物の匂いがきつい胃袋を下処理するのも、ウンコがついた羊毛を素手で仕分けするのも、その先にそれを大切に使ってくれる人がいるからです。

「なぜなぜ羊なぜなら羊」
〜今羊は一人ではいきてゆけない

 この命題は1991年に羊仲間と企画した羊をめぐるイベント「羊シンポジウム91」のテーマでした。このなぜとなぜならとの未知との遭遇の興味はいまだに尽きないし、羊飼いは一人では羊を生かせない(活かせない)のです。

 羊というキーワードでゆるやかに、心地よくつながる仲間たちの羊に対する思いは様々で、その価値は個性であり、価値を評価する方へどのように羊の恵みをお届けするかが羊飼いの役割です。また自らもその価値の一部を楽しみながら伝えることです。その結果が羊の丸ごと利用になったとすれば、羊飼いは幸せです。世俗化した羊飼いは自給自足はできなくても自給他足はできそうな気がします。

実際今の日本の世の中で

 羊が居なくなったとしても体勢になんら影響はありません。でも羊も居てもいいよと思われることはあってもいいのではないか、どんな小さなことからでも広がる可能性があるとすればその可能性を絶つことはとっても残念でもったいないことではないでしょうか。羊も日本の世の中ではマイノリティーの一つですが、マイノリティーの数が多いほど世の中は面白いに違いないし、力強いと思います。

 世の中がいろんなマイノリティーがあってもいいよと認める寛容性をもつことが豊かさなのではないでしょうか。成熟した文化とはそんな中から生れて定着していくはずであってほしいのです。こんな風に考えていると羊以外のキーワードで同じような思いで仕事している仲間とも知り合える機会が増えてきました。自分一人ではできないことでも、その思いを共有していくうちに、役割分担もできるのです。思いはあっても目標が大きいと自分にはできないと思うことばかりですが、自分ができることをできる範囲でやっていくと考えれば気が楽です。
 茶路の羊を食べて美味しいと感じて味覚を記憶に留めていただける人が少しずつ広まっていくように、その輪を広げて、深めていくことができればと思います。

「日本の羊肉事情」
 現在国内の羊飼育頭数は1万7千頭ほど(羊と山羊は農林省の統計調査から排除されているので正確な数は不明)そのうち北海道で半数が飼育されています。しかしこれは羊肉全消費量の4%程度。すなわち自給率4%、年間生産量わずか81tです。しかもその大半は枝肉という骨付きの状態で流通しています。ですから国産の羊肉が精肉店の店頭に並ぶことはほとんど無いというのが実情です。数年前に盛り上がったジンギスカンブームはすっかり陰をひそめ、輸入羊肉量も5年前のレベルに戻りました。それでも全国には多くの羊肉ファンがおられます。茶路めん羊牧場の年間の羊肉生産量は5t程度であり、その内8割は既存のお得意様への供給されます。全国の羊肉ファンのニーズにお応えできるのはわずかでしかありませんが、本当の羊の美味しさを家庭で楽しんでいただけたらとの思いがあります。これからも限定販売にはなります。 
 今後数年かけて羊の数も少しづつ増やし、販売していけるように努力しますので、販売の停止や再開が状況により繰り返すことになりますが、ご理解願います。

羊飼い
武藤浩史