羊ってどんな動物

羊の歴史〜羊の起源と人と羊の繋がり

 羊はムフロンやアーガリー、ユリアルといった中央、西アジアの高原にいた野生獣が家畜化されたと考えられています。家畜化の歴史は古く8千年前ともいわれています。

 勝手に想像してみましょう。ある日水辺にやってきた人間の子供とムフロンの子供が出会いました。好奇心が強く警戒心の薄い子供たち同士はすぐに仲良くなりました。なごりおしいが人間の子供が立ち去ろうとするとムフロンの子供がついてきました。
  そしてふと見るとその母親を先頭に群れが従ってくるではないですか。なついた羊を移動させることで、囲いがなくとも群れが動く、群とは字のごとく羊そのものです。まさに現代の羊の習性も同じで、群れにリーダーやボスは存在せず誰かが動くと皆動く、だから犬や馬で羊を追うのがたやすいのです。悪くいえば烏合の衆のようですが、捕食関係の底辺にある彼らが身を守る手段であり、その彼らが人間の側で暮らすことが狼や他の猛獣から身を守る手段になると思い、「人と羊の契約」が成立したのです。

 人は羊を守り、育て、その生産物の恩恵を受けられます。羊の餌を求めて移動する遊牧は人と羊の移動であり、道ができ、やがて移動から定住へと進みゆくのです。羊は生きて移動するうちは腐らない衣食住の貯蔵庫であり、羊の頭数を多く持つことは豊かさにつながり、財産となりました。殺して終わる狩猟から財産を増やす牧畜へと代わり、衣食住の安定は文化を生み、再生産できる資源の活用でもありました。西洋の宗教にも羊は深く関わっており、イスラムもユダヤもキリストも羊は良きものであり、神への生贄とされ、聖書ではわれわれは迷える子羊として良き羊飼いに導かれているのです。

 歴史の影に羊有り、羊なくして歴史を語れず、ルネッサンスや大航海時代、産業革命にも羊が深く関わっていたのですが、薄い知識で語っても話は尽きないのでご興味おありの方は山根章弘著「羊毛文化物語」(講談社)を読まれることをお勧めすします。

 ともかく羊と人間のこの8千年にわたる歴史の末、今や羊は世界のいたるところで10億頭以上飼われており、われわれの衣食住と深く関わり続けているのです。

 

日本の羊   

 さて一方日本の羊はと言えば、明治以前には大陸からの献上物として海を越えてきたことが古書に記されていますが、湿潤な気候に合わなかったのか定着した歴史はありません。十二支としての文言では生活に溶け込んでいたにも関わらず、実態の無い生き物であり、架空の生き物である龍(辰)よりも親しみはなかったようです。

 それが明治に入って西洋化の一貫として畜産が振興されるなかで導入され、主に関東以北で飼育されました。

 最初は肉を食べるというよりも羊毛の生産が主目的であり、羊毛の自給は軍需産業すなわち軍服の原料と深く関わり、大きな戦争の度に、国による羊増殖計画が立てられ、平和になると減少するという歴史を繰り返しましたが、第二次大戦後それまで統制品目であった羊毛は物資不足の時代に、農村の衣服を担う貴重な資源として重宝され、北海道ではどこの農家も数頭の羊を飼い、手紡ぎをして防寒衣料をつくり、中にはホームスパンで服地を織るまでの技術を習得した人もいました。地域には羊毛を集めて綿打ちや紡績をする町工場もあり、昭和30年代前半には羊の数は全国で100万頭にまで増えました。

 しかし高度経済成長の始まりとともに繊維工業の促進策として羊毛は自由化され、ご丁寧に羊肉やその他羊の生産物全般にわたり完全自由化非課税品目となりました。すなわちこの時、羊は日本では必要の無いものと国に烙印を押されたのです。

 路頭に迷った羊達はどうなったかといえば、当時老廃羊を肉用にしようとして、農村で羊肉の食べ方を模索していた中で広まりつつあったジンギスカンとして、行事の度に庭先で潰されて胃袋に収まったり、ソーセージなどの混ぜ物としても結着性のある羊肉は重宝され貨車に満載されて加工場へと送られていったそうです。

 結果10年あまりで食べつくされ昭和40年代前半で羊は100万頭から1万頭にまで減少し、忘れ去られました。その後昭和40年代後半から新たに食肉目的で大型のサフォーク種が導入され、減反の転用に推奨されたり、一村一品運動の一環として道内各地で飼育され、3万頭くらいまで回復しましたが、バブルの崩壊後また不必要なものとされ再び1万頭まで落ち込みました。

 最近ジンギスカンブームやダイエット効果がある健康な食肉などともてはやされ、少し回復の傾向はでてきましたが、微々たる物で、日本国内の羊肉消費量の0.5%にも満たない状況です。農家戸数も全国の飼育頭数の半数以上を占める北海道において、数頭の羊を飼う農家も含めて200戸ほどです。

 こうして考えるとまったく取るに足らない存在であり、いつなくなってもおかしくはない状況です。現状では国産の羊は幻の羊といわれ、勝手にイメージが膨らんでいますが、細く長く作り手と使い手が繋がってわずかでも日本に羊の衣食住の文化が定着することを望みます。

 かつての様々な外因による崩壊にもめげず繋いできた先人の苦労を無駄にすることなく、私も次世代へ繋げるべくもう少し摩訶不思議な羊ワールドを極め、羊を巡る冒険を続けていきたいと思っています。

「日本の羊肉事情」
 現在国内の羊飼育頭数は1万7千頭ほど(羊と山羊は農林省の統計調査から排除されているので正確な数は不明)そのうち北海道で半数が飼育されています。しかしこれは羊肉全消費量の4%程度。すなわち自給率4%、年間生産量わずか81tです。しかもその大半は枝肉という骨付きの状態で流通しています。ですから国産の羊肉が精肉店の店頭に並ぶことはほとんど無いというのが実情です。数年前に盛り上がったジンギスカンブームはすっかり陰をひそめ、輸入羊肉量も5年前のレベルに戻りました。それでも全国には多くの羊肉ファンがおられます。茶路めん羊牧場の年間の羊肉生産量は5t程度であり、その内8割は既存のお得意様への供給されます。全国の羊肉ファンのニーズにお応えできるのはわずかでしかありませんが、本当の羊の美味しさを家庭で楽しんでいただけたらとの思いがあります。これからも限定販売にはなります。 
 今後数年かけて羊の数も少しづつ増やし、販売していけるように努力しますので、販売の停止や再開が状況により繰り返すことになりますが、ご理解願います。

羊飼い
武藤浩史

羊の恵みでクリエートされる衣食住

 大昔衣服といえば始め人間ギャートルズのように野性獣の毛皮を羽織っていたのでしょう。 多分羊も最初は食用として殺した毛皮を利用していたと思われますが、あるとき羊毛が絡まって糸になることを発見し、紡ぐことを覚え、糸を織るという技へと発展し布を作ったのです。

 人間は毛糸を紡ぎ、編み、織り、後に染めることも覚え、羊毛によりあらゆる衣類を作り出しました。肉は他の家畜からも得られましたが、羊毛だけは羊の特質であり、羊が大切にされた理由です。<こだわりの羊毛を参照してください>

 現代の生活で使われている何がウールから作られているかを特別気にすることはないかもしれませんが、ウールが無くなったら人の衣類はとっても味気ないものになるのは間違いありません。

 

 肉については世界中の羊の飼育されている地域では、その地の素材とあわせて様々な料理になっています。日本人には馴染みがうすいかもしれませんが、たとえば餃子やしゃぶしゃぶだって中国では羊肉を使い、漢方では羊肉は体を温める効果があるとされ、内臓から脂まですべて使い切ります。

 イスラム圏では宗教上の理由もあり、エスニックな香りのするシシケバブ始め羊肉が最もよく食べられています。客人をもてなすのに頭の部分を勧められるという話ですが、やはり全身余すことなく使い切るのですね。

 ヨーロッパではわざわざ紹介するまでもなく各国で普通に食されています。更に肉だけでなく羊乳も利用され、モンゴルでは山羊や羊の乳が主に乳加工品になります。また西欧各国にもフランスのロックフォールやイタリアのペコリーノなど羊乳チーズは多々あります。

 モンゴルの遊牧民の住居であるゲル(パオ)は木のフレームに羊毛から作った大きなフェルト布で壁や屋根を覆って作られており、釘1本使わずに組み立てられ、力学的にも合理的に考えられており、真冬の厳しい寒さの中でも内部はまきストーブ一つで快適に過ごすことができるのです。

 モンゴルに限らず中央アジアやトルコにいたる遊牧民は羊のフェルトや毛皮を使った住居を持っています。我々の生活でも毛織物やフェルトの絨毯や、ムートンの敷物やシーツ、羊毛布団などウールの素材は使われています。

 

人間は衣食住が安定すると暇ができ、遊ぶという余裕ができました。音を奏でたり、ルールを作って体を動かしたり、それが音楽やスポーツへと発展したわけですが、そのツールは身近なものを使ったわけで、弦楽器の弦はガット(GUT=腸)といいますが、元来家畜の腸を撚って作ったもので、近世まで羊腸弦は普通に使われていました。以前羊腸から弦作りをする方がおられて当場の羊腸を利用していただいていたのですが、今は日本の屠場では羊腸は食用でなくても強制廃棄されてしまいます。

 打楽器の皮は勿論動物の皮をなめして張られたわけです。アフリカンドラムを作られる方から羊の皮を頼まれたこともあります。打楽器といえばピアノのハンマーに張り付けられているのはフェルトです。このフェルトがなければピアノの音色はでません。南米音楽フォークロナーのケーナ奏者の方からいただいたのですが、山羊や羊の蹄を束ねて鈴のようにしたチャフキャスという楽器もあります。

 一方スポーツにおいては羊飼いが放牧地で羊の見張りをしていたときに暇をもてあまして、先の柄が曲がった羊を追う杖を逆さにして石ころを打ってウサギの穴に入れて遊んだのがゴルフの始まりとされています。オールドファッションのゴルファーの格好といえばツイードのジャケットとニッカーボッカにハンチングをかぶり、まるで昔の英国の羊飼いの姿そのものです。さらにゴルフ場の芝を管理していたのは羊達だったのです。羊は牛と違って草を短く芝刈りするように食べるのです。農薬漬けのゴルフ場で健康を害することなく まさにオーガニックな時代にぴったりの羊のゴルフ場をどなたかやってみませんか?

 テニスのラケットもガットといいますが、これも羊腸が使われていました。さらにテニスボールの表面はといえばウールのフェルトです。こうして考えてみると羊なくして今の音楽もスポーツも語れないということになりますかね?

 蛇足ですが手術用の糸で体の内部を縫うのには組織に吸収されて溶けていく糸が使われますがこれも獣腸線といって昔は羊腸がよく使われていたとのことです。

 また羊の体脂肪は食用だけではなく石鹸にもなります。石鹸の起源は神への生贄として焼かれた羊の脂がその灰と反応してできたといわれています。羊毛の脂はラノリンというワックス系の脂質であり、口紅の素材や医薬品の原料としても使われています。

 さてどうでしょう普段なにげなく使っている生活雑貨や楽しんでいる音楽やスポーツの起源が羊であるというものが結構あるでしょう。勿論羊に限らず日本人のルーツともいえる稲作も食べるお米としての役目だけでなく衣食住を作ってきたのです。鯨も日本人は捨てることなく活用してきたのです。でも現代社会では経済性、効率性重視のもとある一つの目的のためにだけ生産を特化しているのです。私もそんな社会に飲み込まれている人間の一人ですし、物質文化を享受しており、遊牧民のように自給自足できる羊飼いではありません。でも羊を身近に感じることで時々羊に諭されているように感じます。その昔羊達が人間の下で暮らすことを良しとして結んだ契約を我々は反古にしてはいけないのです。

羊をめぐる冒険

 村上春樹著の「羊を巡る冒険」をご存知だろうか?私は学生時代にこの小説を読んで、その奇妙な物語の中に、摩訶不思議な羊ワールドに足を踏み入れ始めていた自分自身の混沌とした羊への思いがぴったり重なった感覚に陥ったのを覚えており、以後村上春樹の作品に親しむきっかけになりました。

 村上が小説中に登場させた☆印の模様を持つ羊はまさに得体の知れない魅力を持つ羊そのものであり、羊博士は私が知る人をイメージして、そして羊のように臆病で、人間界と羊界の狭間にいる羊男を自分の状況と重ね合わせてみたのです。当時、日本でマイノリティーな羊を追いかけていた羊仲間はみんな自分の中に描く理想の☆型の模様を持つ羊にあこがれていたのだと思います。羊に対する憧れや親しみは大半の日本人のDNAにはあまり織り込まれていないのかもしれませんが、世界の牧畜民族の歴史にはしっかりと張りついていて、切り離せないものなのです。そうするとモンゴロイドである日本人の一部にもこの羊への憧憬が潜在していてもおかしくはないかもしれません。

 後日談になりますが私はこの小説の舞台となった牧場を北海道内のある場所をイメージしました。そしてそのことを私が勝手に羊博士だと思い込んだ人物にあるとき話してみたところ、彼はたぶんそうだと言ったのです。なぜそう思うのかと尋ねると、彼の元へ村上が作家とは言わずに訪ねてきたそうです。彼はまた変わり者の羊飼い志願者かなあと思って、日本の羊の現状や羊にまつわるあれこれを話したとのこと、そしてある日その羊博士と思われる彼の元に一冊の本が送られてきました、それが「羊を巡る冒険」だったのです。

 私はこの不思議な小説に親近感を覚えたのは、村上が日本の羊の現状と日本の羊達がたどってきた悲しい変遷を感じ取っていたからではないかと思い、それを潜在的に小説の中で感じさせる彼の能力を稀と感じたのです。物語のテーマが羊ではなく山羊や牛ではこの不思議な話は成立しない訳で、実際は勝手に私がいいように感じているだけかもしれませんが、少なくとも数人の友人は同じ感覚を持ったのは事実です。

 もし村上春樹に会うことがあれば一度尋ねてみたいと思っています。

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